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浅草橋
‘浅草橋’とだけ聞くと、最初に思い起こすのは「JR総武線の浅草橋駅」である。勿論、それに都営地下鉄・浅草線の浅草橋駅である。

停留所の名前でなく、本当の‘橋’である‘浅草橋’は、何処にあってどんな橋なのだろうか?
このことは、もう何十年も昔から思ってはいたが、わざわざ通勤の帰りに‘浅草橋駅’で下車して‘探し回る’ほどのことではあるまいという訳で、本当の(?)‘橋’の‘浅草橋’を見たことはなかった!

2014年04月07日(月)、偶然にも、その‘浅草橋’に‘遭遇’した!

神田で一つの打ち合わせを11:20に終えて、その後は13:30から日比谷公園近くでの打ち合わせ、第三の打ち合わせは、四谷4丁目である。

二つ目までには、2時間以上の時間がある!
それじゃあ、日頃の散歩をサボっていることもあって、神田から日比谷まで歩いてみようと思った!

しかし、時間は沢山あるからということだったのか、うっかりして神田・室町4丁目の角を曲がって江戸通りを東へ行ってしまったのである!馬喰町を過ぎた頃には気づいたのだが、「まあ、このまま真っ直ぐ行ってみよう!」ってなことで、とうとう‘浅草橋’へ辿り着いたのである!

日本東京都台東区浅草橋 - Google マップ-40001
①‘Google’マップ 西から流れてくるのが、‘神田川’で、北から流れてくるのが‘隅田川’である!

日本東京都台東区浅草橋 - Google マップ-40001-2
②‘Google’マップ 上図の拡大!  ‘浅草橋’は、JR総武線・浅草橋駅から南南西に下った神田川に掛かる橋、のことであることが判った!

これを‘Google’マップの航空写真で見ると・・・

日本東京都台東区浅草橋 - Google マップ-30001
③‘Google’マップ・航空写真

日本東京都台東区浅草橋 - Google マップ-50001
④‘Google’マップ・航空写真

日本東京都台東区浅草橋 - Google マップ-60001
⑤‘Google’マップ・航空写真

今度は、浅草橋の北側の端を東側から、‘Google’マップ・ストリートビューで見てみると・・・

日本東京都台東区浅草橋 - Google マップ0001
⑥‘Google’マップ・ストリートビュー

日本東京都台東区浅草橋 - Google マップ-20001
⑦‘Google’マップ・ストリートビュー 上画像の拡大!

と、これまでは、‘Google’マップを使いこなせば、画像を手に入れることが出来る!

さて、この浅草橋上から私がスマホで撮った写真が以下の画像!

DSC_1769-2.jpg
⑧ ⑦の画像の中央に見える案内看板

DSC_1769-3.jpg
⑨ この案内看板の表示は、下方が‘北’になっているので、面食らう!左方が、東という訳である!



⑤の画面に写っている船とは違うのかもしれないが・・・

DSC_1766-2.jpg
⑩ 神田川に浮かぶ‘遊覧屋形船’!

DSC_1766-3.jpg


DSC_1766-4.jpg


この神田川に、散ったばかりの‘桜の花びら’が浮かんでいる!
正に、武島羽衣作詞・滝廉太郎作曲の‘花’を想いうかべるのに十分である。神田川なのだが、隅田川まで、約100mの地点。

http://www.mahoroba.ne.jp/~gonbe007/hog/shouka/hana.html
「花」

武島羽衣作詞・滝廉太郎作曲

春のうららの隅田川(すみだがわ)、
のぼりくだりの船人が
櫂(かひ)のしづくも花と散る、
ながめを何にたとふべき。

見ずやあけぼの露浴びて、
われにもの言ふ桜木(さくらぎ)を、
見ずや夕ぐれ手をのべて、
われさしまねく青柳(あおやぎ)を。

錦(にしき)おりなす長堤(ちょうてい)に
くるればのぼるおぼろ月。
げに一刻も千金の
ながめを何にたとふべき。


DSC_1767-2.jpg
⑬ 

DSC_1767-5.jpg


DSC_1767-3.jpg


DSC_1767-6.jpg


DSC_1768-2.jpg
⑰ 浅草橋、これが長年心の隅にあった浅草橋! 浅草橋というからには、浅草にあるのだろうと思ったが浅草にあるのではない! 下記の引用文献にある通り、‘都心と浅草を結ぶ橋’というから、田舎ものには判り辛い!

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B5%85%E8%8D%89%E6%A9%8B
浅草橋(あさくさばし)は、東京都中央区と台東区にまたがる、神田川にかかる橋。

概要[編集]

その名の通り都心と浅草を結ぶ橋であり、かつては浅草寺の門前橋(浅草橋御門)であった。江戸時代には、明暦の大火の際、牢獄での非常時の罪人解き放ちを「集団脱獄」と取り違えた役人が門を閉めたため、神田・日本橋側から浅草の方へ避難しようとしていた一般民衆までもが行き場を失い、2万人以上もの犠牲者を出すという過去もあった。
1873年に、技術の高さで有名な肥後の石工である、橋本勘五郎に架けられ、1930年に当時の最新技術を駆使して現在の浅草橋が建設された。


(つづく)
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[2014/04/07 23:37] | 発見! | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
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