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失敗と成功
私の友人に 「自分は絶対に失敗しない!何故なら成功するまでやるから・・。」 と言う人が何人かいる。

失敗と成功
http://www.zeirishi-tokyo.jp/kaisha-setsuritu/novel/novel_kigyo_top.html


それはそれで、‘一見’論理的には成り立っている様に思われる。

しかし、この‘失敗と成功’の問題は、考え方によっては‘様々な議論’を呼んで面白い。

民主党政権について、これまでの‘評価’も二つ(三つ?)に分かれる。

 ① 民主党の肩を持つ人達:やってます。検討中です。まだ‘失敗した’訳ではありません。

 ② 民主党に批判的な人達:マニフェストの重要な部分の実行はほとんど行われておらず完全に‘失敗である’。

 ③ 無関心な人 and/or 客観的な人達:どちらとも言えない。

その時点時点で‘失敗’、‘成功’を評価しないと失敗だとか成功だとかは言えない事を前提にしての議論なのにその‘方法論’or ‘使い方’の定義を無視して議論するとなると、その時点で‘議論の意味’が亡くなってしまう。

TVタックル_convert_20120321153803
人気TV番組 http://www.shinohara21.com/blog/archives/2006/10/tv.html

それに気付かずに‘延々と主張し続ける国会議員や評論家等々の議論’をTVで拝見していると、TV局側が‘仕切人’の選択を間違っているとしか思えない。ただし、TV局は、実はよ~く知っていて、「偉いと言われている人達って、実はまあこんなに‘間抜け’なのですよ!」ということを全国民に知らせているのかも知れない。それならそれで、両方組を‘カチンと’戒める人物が出てきて最後に‘仕切り’をして頂かないと国民はうろうろするばかりである。

そんな訳で、最初の「自分は絶対に失敗しない!何故なら成功するまでやるから・・。」の中身を検証すると、「成功するまでは‘全て失敗’していることになる」から、前半の‘自分は絶対に失敗しない’の表現は‘矛盾’していることになる。

‘失敗は成功のもと’ということわざに当てはめてみればよ~く判る。成功したのは、実は‘数々の失敗’があったからであって、それなしに‘成功’はあり得ない!と教えているのだ。

反対に、そのアナロジーからすると‘成功は失敗のもと’とも言えるのではないか?! 成功だ、成功だ!と浮かれているときっと失敗するぞ!ということわざがあってもいい。

それが理解出来たら、次の式が成立する事に気づく。

    失敗=成功 そして 成功=失敗

言葉で表現すれば、「失敗は成功であり、成功は失敗である」 となる。

そんなことある?!という人は議論の意味が判っていない。

次の故事・ことわざもよ~く味わう必要がある。

人間万事塞翁が馬
【読み】 にんげんばんじさいおうがうま
【意味】 人間万事塞翁が馬とは、人生における幸不幸は予測しがたいということ。幸せが不幸に、不幸が幸せにいつ転じるかわからないのだから、安易に喜んだり悲しんだりするべきではないというたとえ。
【人間万事塞翁が馬の解説】
【注釈】 昔、中国北方の塞(とりで)近くに住む占いの巧みな老人(塞翁)の馬が、胡の地方に逃げ、人々が気の毒がると、老人は「そのうちに福が来る」と言った。
やがて、その馬は胡の駿馬を連れて戻ってきた。
人々が祝うと、今度は「これは不幸の元になるだろう」と言った。
すると胡の馬に乗った老人の息子は、落馬して足の骨を折ってしまった。
人々がそれを見舞うと、老人は「これが幸福の基になるだろう」と言った。
一年後、胡軍が攻め込んできて戦争となり若者たちはほとんどが戦死した。
しかし足を折った老人の息子は、兵役を免れたため、戦死しなくて済んだという故事に基づく。
単に「塞翁が馬」ともいう。
「人間」は「じんかん」とも読む
【出典】 『准南子』人間訓
【注意】 「が」は所有を表す格助詞だが、「塞翁の馬」とはいわない。
【類義】 禍福は糾える縄の如し/沈む瀬あれば浮かぶ瀬あり
【対義】 -
【英語】 Joy and sorrow are today and tomorrow.(今日の喜び明日は悲しみ)
A joyful evening may follow a sorrowful morning.(悲しみの朝の後には喜びの夕べが訪れる)
【用例】 「就職試験に落ちたからと言って落胆する必要はない。人間塞翁が馬というだろう?」
http://kotowaza-allguide.com/ni/saiougauma.html


「人間万事塞翁が馬」の‘人間’の‘読みかた’についても議論がある。


「人間」の読みは‘にんげん’ですかそれとも‘じんかん’ですか?の問の答え:元々の慣用句は「塞翁が馬」です。出典は故事「淮南子(えなんじ)-人間訓(じんかんくん)」ですから、正しいのは後者(じんかん)です。
でも大部分の慣用句辞典等では前者で記載されていますね。
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q139638063



‘人間’

意味
ひと。人類。霊長類ヒト科ヒト。ホモ・サピエンス。
人格。人間性。
(「じんかん」と呼んで)人の住む世界。
仏教用語で「世の中、人の世」の意。江戸期に「人」の意が加わる。仏教用語であるため、「にんげん」(呉音)と読むのが慣例であるが、世間一般では「じんかん」(漢音)で「世の中」の意と限定する逆転現象が生じている。「にんげん」で人、「じんかん」で世の中と使い分けなければならない明確な理由はない。単なる通例である。
漢詩で用いる場合は、「人」の意では使われない。
用例
『人間五十年、下天の内をくらぶれば、夢幻の如くなり、ひとたび生を得て、滅せぬ者の有るべきか』(幸若舞「敦盛」) ※下天は天界の最下層。下天の一日は人間界の五十年にあたる。歌の成立時期から「人の世」と限定されるが、普通「にんげん」と読む。
人間至る所青山あり(死に場所はそこら中にある、広い世界に出よ)
人間万事塞翁が馬(禍わざわい か 幸福 かは、予測できない)
http://d.hatena.ne.jp/keyword/%BF%CD%B4%D6



また一つしくじったー2
http://blog.livedoor.jp/engineerjpmaster/tag/%E7%BE%A4%E7%94%9F%E6%B5%B7


結論から言えば、‘人間社会’(=じんかん)に住んでいる以上、‘失敗’にも‘成功’にも一喜一憂ばかりしてはいけない! or する必要もない! ということになる。

或いは、‘失敗’も‘成功’も‘同じ価値’なのだ!と早く悟って、どちらも‘楽しめ’というメッセージなのか?

これでいいのだ!
http://cockand3chicks.blog104.fc2.com/blog-category-0.html

人間万事塞翁が馬の中国版
塞翁、馬を失う、焉(いずく)んぞ、福に非(あら)ざるを知らん・・・と読む。
http://blog.livedoor.jp/subway_01/archives/2008-10.html

では、何をやってもいいということなのだろうか?
それは違う!何時まで経っても‘諦めるな!’という意味である。
そして、‘何時でも驕るなかれ!’という意味でもある。

水は低いところに・・・
http://ichidohayarihe-ojj.blog.so-net.ne.jp/archive/c5319-1





















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[2012/03/21 13:26] | 言葉の威力 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
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