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東本願寺の前にある‘徳本寺’!<殿中刃傷沙汰の一つ>
東本願寺境内の慈光院の中にある、現代的お墓‘浅草浄苑’にお参りをして、暑い梅雨明けの道をどうやって電車に乗ろうかと迷った。

そんなに暑くないのなら、JR上野駅まで歩けば、普段の運動不足も解消出来るのにとも思ったが、外気温はその日(2014年07月22日)多分30℃は優に越していて33℃くらいはあったろう。それに浅草の道路は、全て舗装されているから、実気温は、35℃以上であったに違いない!

上野駅へ歩くのはやっぱり止めて、来た通りを戻ることにした。
上野駅へ行かない時は、いつもこの通りを通って、銀座線・田原町の駅へ向かうのだが、これまで気付かなかった。
東本願寺の斜め前に、同じ浄土真宗系列で‘徳本寺’という名称のお寺がある。

まあ、この辺はお寺さんばかりだから、どんなお寺があっても不思議ではないのだが、以下の写真に示す‘看板’が気になった!

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この画像から、東本願寺とは、もう‘向こう三軒両隣り’の中であることがよく判る。
そして、尚且つ上述の通り、同じ‘浄土真宗’。
こんなことが、やはりあるのだろうか?

興味の対象は、そんなことより、この徳本寺が、三河出身で、徳川家康の側近‘本多正信’の菩提寺であることである。本多正信は、やはり家康の側近‘本多忠勝’とは、遠い親戚筋にあたる。
実はこの家康の重鎮二人は、‘犬猿の仲’だったという。 何故??

名門‘本多家’の系列については、また後日このブログで・・・。

いやいや、本当の興味の対象は、最初の画像にある通り、「‘佐野善左衛門政言’が、殿中で刃傷に及んだ」という件りである!

同じ殿中での刃傷沙汰なのに、‘赤穂浪士の討ち入り’の‘扱い’とは大きく違う。
ただし、その刃傷の動機は、浅野内匠頭の場合よりも、この、‘佐野善左衛門政言’の方が数段‘崇高(?)’のように思われるのだが・・・。

どの時代にも、腹に据え兼ねる事態を勇気を持って糾そうとする御仁が現れる!
この大事件、もう少し調査をしてみたい!
殿中での刃傷沙汰は、これらの他にいくつあったのだろうか?

(つづく)
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[2014/07/25 00:46] | 宗教 | トラックバック(0) | コメント(2) | page top
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コメント
忘れないうちに!
知っておいて損はない情報になると思います。
今までは生きてることが辛いだけの人生でした。
もっとはやくこれを知っていれば…。
連絡しただけで、本当にお金をもらえてしまったんです。
借金を一括で全額返済できます。
本当に助かりたい人だけに教えます。
emi_himitu@yahoo.co.jpまでメールしてもらえたらその方法を教えます。
連絡してくれた人だけに、誰も知らないすごいことを教えます。
[2014/07/25 07:36] URL | nakashita #27Yb112I [ 編集 ]
武闘派の忠勝と謀将の正信は相性が悪かったんですかね。
[2017/12/17 10:09] URL | 氷河期ニート #- [ 編集 ]
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