FC2ブログ
ブログランキング・オリンピック
今、世界中は‘オリンピック’の話題で持ちきりである。

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http://blogs.yahoo.co.jp/muscle_builder_bob/63017294.html


ブログの世界でも‘一年中、毎日がオリンピック’である。

私のブログ競技(FC2)は、‘日記’部門(ジャンル)。種目は、‘創作日記’(サブジャンル)。

現在の競技人口:

① ジャンル・‘日記’部門:   747,267人

② サブジャンル・‘創作日記’種目:15,066人

2012年8月10日現在の‘mobaradesu’(ブログ名:‘ピンからキリまで’のランキング:

更新日時:2012/08/10 08:37

① 日記部門:1143位(昨日:1388位)/747267人中

② 創作日記種目:30位(昨日:39位)/15066人中

という発表である。

画像ー32 134
画像ー32 134 posted by (C)mobaradesu

パソコンの画面をカメラで撮ってみたが、なかなか見えずらい。印刷に掛けると、ランクを上下するが消えて無くなるが・・・・。

8月10日ブログランキング

8月10日ブログランキング-3

8月10日ブログランキング-4

となっている。①及び②のパーセントランキング(全体を100とした場合のランキング)は、それぞれ次のように計算出来る。

① 日記部門:

  (1143/747267)×100=0.152957376(こんなに細かい数値は余り意味がないが・・)


② 創作日記種目:

  (30/15066)×100=0.199123855


全体を100人とした場合、①では、0.15番であり、②では、0.20番と言うことになる。数値の頭(はじめ)が‘0’では判りにくいから、

全体を1,000人とした場合は、

①の日記部門では、1.5番目

②の創作日記種目では、2番目

となる。

と言う事は、オリンピックの競技の部門(例えば、水泳部門)で、‘「アスリートの人数が、1,000人だとする」と’と思えば大体判る。

水泳部門の種目で言えば、‘平泳ぎ’という種目で、今回のオリンピックの出場選手が、各国で予選を勝ち抜いてきた訳だが、その‘平泳ぎ’と言う種目の予選に参加した全世界のスイマーが、1,000人だった場合の2位。もしも500人だったら、1位という訳である。

500人だったら、‘金メダル’!

m_8.png
http://rondonorinpicgoodsok.blog.so-net.ne.jp/2012-08-09-7

因みに、この上の写真は‘レプリカ’で、現在‘オークション’のさなかとか。1万円から始まって、今日現在、26,500円!とか。

詳細は、こちら!

http://page6.auctions.yahoo.co.jp/jp/auction/f118674307

現在の価格
: 26,500 円
残り時間 : 2 日 (詳細な残り時間)
入札件数 : 14 (入札履歴)

詳細情報
個数
: 1
開始時の価格 : 10,000 円
最高額入札者 : pqc***** / 評価:19
開始日時 : 8月 8日 21時 19分
終了日時 : 8月 12日 22時 12分
カレンダーに追加
入札者評価制限 : あり (評価の合計がマイナスの方は入札できません)
早期終了 : あり
自動延長 : あり
オークションID : f118674307
商品の状態 : 新品
返品の可否 : 返品不可


この企画も中々面白い。



さて、話を元に戻すと、ブログを書く場合、このランキングの結果を見るのが一つの楽しみでもある。

この‘分析’は大変だと思われるが、「FC2」さんの場合、毎日午前8:30前後に発表される仕組みになっている。

こんな仕掛けがしてあれば、人間の‘性(さが)’と言うか‘業(ごう)’と言うかは知らないが、ブログの書き手は‘止められない’衝動に駆られる。

これは、FC2さんにとってもブログ作者にとっても、どちらにも‘メリット’になる。

こんな‘上手い仕組み’を誰が考え出したのだろうか?

と言う訳で、‘毎日一つ’を目標に約3時間の時間を毎日ブログ作成に費やしている。

多分‘老化防止’には、これが一番!

「FC2」さんに、‘金メダル’を!


(つづく)次回は、8月中のランキング一覧表を作ってみたい。


























[2012/08/10 12:56] | スポーツ | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
開催日程の決定に関する配慮・イスラム‘ラマダン’
今季のオリンピック は、数々の話題を提供してくれる。

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http://www.albatro.jp/birdyard/graphic-design/london-olympic-2012/index.htm

① イギリス経済の落ち込み

② 開催日程の決定に関する配慮・イスラム‘ラマダン’

③ チケットの販売方法

④ 審判員の採点の価値

⑤ 1/100 秒の意味

⑥ 選手個人の成長度

⑦ オリンピックの開催が、4年に一度は果たして公平か?

⑧ 豪華・長時間の入場行進と選手の疲れ



ラマダンは、毎年その期間が、西暦では違って来る。

今年のラマダンは、後述する通り、7月20日頃から8月18日頃までである。

この期間にオリンピックを開催することは、世界中に‘摩擦’を起こす火種を作る。

こんなことも配慮できない国には、オリンピックの開催を認めるべきではなかろう。


② 開催日程の決定に関する配慮・イスラム‘ラマダン’

ramadan_top.jpg
http://gigazine.net/news/20080922_observing_rmadan/

lrg_10452111.jpg
http://www.muraisika.com/blog/1242.html


http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A9%E3%83%9
E%E3%83%80%E3%83%BC%E3%83%B3


ラマダーン(アラビア語: رمضان ‎ペルシア語: 発音:Ramazan ‎)は、ヒジュラ暦の第9月。ラマダンとも表記。この月の日の出から日没までのあいだ、イスラム教徒の義務の一つ「断食(サウム)」として、飲食を絶つことが行われる。「ラマダーン」を断食のことと誤って捉える人も少なくないが、あくまで月の名である。

期間 [編集]

イスラム暦は純粋な太陰暦で閏月による補正を行わないため、毎年11日ほど早まり、およそ33年で季節が一巡する。そのため「ムスリムは同じ季節のラマダーンを人生で2度経験する」と言われる。
ラマダーン月の開始と終了は、長老らによる新月の確認によって行われる。雲などで新月が確認できなかった場合は1日ずれる。夏に日が沈まない極地地方にあっては、近隣国の日の出・日没時間に合わせるなどの調整も図られる。
ラマダーン中には世界中のイスラム教徒が同じ試練を共有することから、ある種の神聖さを持つ時期であるとみなされている。

2012年 7月20日~ 8月18日

断食 [編集]

断食といっても1ヶ月間という期間を完全に絶食するわけではなく、日没から日の出までの間(=夕方以降から翌未明まで)に一日分の食事を摂る。この食事はふだんよりも水分を多くした大麦粥であったり、ヤギのミルクを飲んだりする。
旅行者や重労働者、妊婦・産婦・病人、乳幼児など合理的な事情のある場合は断食を免除されるなど、ひと口に「断食」と言ってもその適用範囲にはある程度の柔軟性と幅を持つ点にも注意が必要である。
断食をするかどうかは原則として宗教的モラルの問題である。旅行者は断食を免除されるというのを拡大解釈して、イスラム教徒の富豪の一部にはラマダーンに旅行に出かけ、断食逃れと呼ばれるようなことをする者もいる。また、基本的に異教徒には強制されない。


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http://sankei.jp.msn.com/london2012/news/120719/otr12071909550002-n3.htm
産経ニュースに次のような記事が掲載されている。

london2012_header.png

http://sankei.jp.msn.com/london2012/news/120719/otr12071909550002-n3.htm

【ロンドン余話】

「断食」と五輪がバッティング!! イスラム教選手、日中飲まず食わず? メダルいらない?
2012.7.19 09:54 (1/3ページ)[ロンドン余話]


 今年のロンドン五輪は7月27日から8月12日まで。この日程がイスラム教を信奉する選手にとって、ちょっとした問題となっている。“聖なる月”とされるラマダンとちょうど重なるのだ。

 イスラム世界では太陰暦(ヒジュラ暦)を用いているため、ラマダン(第9月)は毎年、11日ほど早まっていく。今年の場合は7月20日から8月18日の予定だ。なぜ、“予定”なのかというと、最終的な日付は長老らによる新月の確認によって決定されるためだ。

 4年前の北京五輪(8月8日~8月24日)の際、ラマダンは9月1日から9月29日だったので重ならなくて済んだ。しかし、今年のロンドン五輪はラマダン期間にスッポリと入ってしまっている。ラマダン中は日の出から日没まで、一切の飲食が禁じられているため、スポーツ選手にとっては深刻な問題だ。

 当然、イスラム教国家は国際オリンピック委員会(IOC)に対して、「フェアではない」として、ラマダンと五輪の日程が重ならないように働きかけてきた。しかし、五輪の日程は以前から決まっていたため、変更はされなかった今回の五輪で、イスラム教の選手は約3000人に上るとみられている。日没から日の出までの夜間は“食いだめ”ができるとはいっても、真夏の暑いさなか、日中に一切飲まず食わずというのはかなりのハンディだ。

 とはいえ、もともとラマダンには柔軟性がある。妊産婦や病人、乳幼児など、事情がある場合は断食が免除されるほか、旅行者も除外の対象となる。この“旅行者”を拡大解釈して、ラマダン中に旅行に出かけ、“断食逃れ”をすることも実際には可能なのだ。

ロンドンに派遣される選手も、“旅行”であることに違いはない。アラブ首長国連邦(UAE)のサッカー代表も「五輪期間中の断食は免除される」としている。ただし、これはあくまでも信仰心の問題。同代表のマハディ・アリ・コーチは「われわれが選手に断食を強制することはないが、彼らは何をすべきかを知っているはずだ。責任は彼らにあり、正しい決断を下すだろう」と話す。つまり、断食をするもしないも選手の自主判断。アラーに忠実なイスラム教信者は、五輪期間中でもあえて断食を敢行する可能性があるわけだ。

 実際、昨年8月のサッカーU-22日本代表対エジプト代表の親善試合では、日本が2-1で逆転勝ちしたのだが、エジプトのハニ・ラムジ監督は敗因として、ラマダンによる断食の影響を挙げている。ラムジ監督いわく「メンバー中の8人が断食していて前夜の午前2時以降、何も飲んでいないし、何も食べていなかった」というのだ。

 いわば満タンの車とガソリンが半分しか入っていない車が競争するようなもので、特に持久力が要求される競技への影響が大きい。医療関係者は「ラマダン中の食物摂取の減少は、肝臓や筋肉中に貯蔵されているグリコーゲンを使い果たす恐れがあり、パフォーマンスの低下につながる可能性がある」と指摘する。実際に、ラマダン期間中のサッカー選手の運動能力が著しく低下するという研究データもある。

 もちろん、IOCもこの辺の事情を全く考慮しなかったわけではなく、2009年に会議を開いてこの問題が検討されている。その結果、いくつかの競技には影響があるとしながらも、全体的な影響は少ないとして、日程の変更は見送られた。

 一方で、イスラム教を信じる選手の中には「ラマダンはとても神聖な期間であり、たとえ断食中でも、むしろ集中力が増してパフォーマンスが向上する」として、精神的な側面からプラスにとらえている人もいるという。もちろん、戒律を厳格に守りながらメダルを獲得するようなら、イスラム世界から大喝采を浴びることは間違いない。しかし、実際のところ、断食とメダルの両立は難しいだろう。中にはラマダン期間を自主的に五輪後に“延期”する選手もいるほどだ。

 いずれにせよ、信仰を取るかメダルを取るか…。イスラム教を信じる選手はこの夏、“究極の選択”を迫られることになりそうだ。(五輪取材班)



オリンピックの開催については、守らねばならぬ言わば‘憲法’に当たる‘オリンピック憲章’がある。

http://www.joc.or.jp/olympism/charter/

オリンピック憲章は、国際オリンピック委員会(IOC)によって採択されたオリンピズムの根本原則、規則、付属細則を成文化したものです。憲章はオリンピック・ムーブメントの組織、活動、運用の基準であり、かつオリンピック競技大会の開催の条件を定めるものです。

olympiccharter20110001-2.jpg

表紙を含めて、堂々の94ページにも及ぶ‘憲法’である。

この‘オリンピック憲章’に、次のような記載がある。

olympiccharter20110009-2.jpgolympiccharter20110010-2.jpg

6. 人種、宗教、政治、性別、その他の理由に基づく国や個人に対する差別はいかなる形であれオリンピック・ムーブメントに属する事とは相容れない。


と‘明記’してあるのである。

関係者は、このオリンピック憲章を知っているのであろうか?

上記の通り日本語版で‘94ページ’にも及ぶ‘大作’である。
これを1ページも飛ばさず真剣に読んだ人は世界中に何人いるだろうか?

多分、執筆も何人かに依頼されたに違いないし、全部を通して読んだのは、‘編集グループのスタッフ’の数人だけだろう。

お偉方は読むはずがない! お偉方はどの組織でも‘事務局’の、いわば‘傀儡’である。日本政府が霞が関・官僚の傀儡であると同様に!

オリンピックは、まだ半分も日程を消化していない。ラマダンを続ける人達の考えはなかなか理解し難い事も含んでいる。‘自爆テロ’を誰もが良しとしているとは思えないが、そんなことがこの‘平和に貢献する’であろうとほとんどの人達が思っているこのオリンピックの会場で起こってしまえば、一体誰がどんな責任をとるというのであろうか?

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http://www.joc.or.jp/games/olympic/london/map/28.html

オリンピックの開催国にとっては、開催期間について、それぞれ事情があるに違いないが、今季の開催期間についはいささか疑問に思われる所が多過ぎる。

上記引用の通り、北京オリンピックでは、重ならなかった。これは、その認識があったからなのだろうか?それとも‘偶然’?

多分、‘偶然’の方だろう。何でも有り、の今の中国政権に‘そんな配慮’があるはずがない。

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http://www.joc.or.jp/games/olympic/london/map/28.html

オリンピックの会場が‘血で染まる’と言うことがないように祈るばかりである。

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http://www.joc.or.jp/games/olympic/london/map/28.html

(つづく)






























[2012/08/04 10:25] | スポーツ | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
‘オリンピックの開催が4年に一度、は果たして公平か?(その2)
‘オリンピックの開催が4年に一度、は果たして公平か?(その2)

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今朝(2012年8月3日)の朝日新聞・天声人語には、次のような記事が掲載されている。

天声人語 8月3日0002

「・・・オリンピックは‘閏年’にめぐり・・・云々」という表現はあっても、「・・・、毎年開催されるべきだ!云々」をにおわせる表現は無い。

したがって、この筆者の表現は、‘オリンピックは、当然4年に一回開かれれば良いのであって、それが閏年に当たるから、話をしてみると、その人の年代が判って面白い??’とも取れる‘文学的表現である。

オリンピックに関する‘危機感’や‘平和を願う社会的価値’や‘経済的効果と世界の安定’という観点から考えてみたというような客観的意見ではない。

もう少しきつく言えば、‘天声人語’ではなく‘人声人語’であって、立場が損なわれている。

「大人と子供の差は何か?」という問いがある。

子供は経験が少ないし、行動範囲が狭いから、自分が今まで見聞きした範囲内においてしか、物事の価値を考えることが出来ない。

したがって、「・・・。それは子供の意見でしょう!」と片づけられてしまって、発言の内容に価値が与えられない。

大人は、そうはいかない!

一人前の大人として認められるには、経験の深さとそれを踏まえた‘客観的’なものの見方が要求される。

いわば、大人には、常に‘自分を遠くから眺めることが出来、その自分を眺めながら意見を述べることが出来る’事が要求される。

‘激昂する’人も‘無責任発言’をする人も、そういった意味では、大人になりきっていない人だと言える。

上記の‘天声人語’を書かれた人が、大人ではないと言っているのではない。これは著者のほんのほんの一部の作品だから、これだけを以って著者の評価するなんておこがましい。

でも、この‘天声人語’(人声人語?)での表現で大いに気に入ったものがある。

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http://www.gorin.jp/news/photo/20120802_01026.html
「お色直しの‘金’」を掲げる内村航平選手

内村航平選手に関して、北京の銀からロンドンの金へについて、‘見事な「お色直し」’と表現されている事である。

今まで、いろいろな人がこの類の表現をしてきたが、「これより一番輝く・・」だとか「これよりもっと高貴な・・」とかの表現に止まっていたが、今回の「お色直し」に勝る表現は無い!

この表現に「金メダル」を差し上げたい!



でも「金メダル」は、‘純金無垢’ではない!

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%87%91%E3%83%A1%E3%83%80%E3%83%AB

金メダル

金メダル(きんメダル)は、スポーツや音楽などの競技会・競演会(コンクール)において、各部門中、最も優秀な成績をあげた個人または団体に対し、その栄誉を称え授与される賞牌である。
概要 [編集]

本来は金製で、円盤形をしており、表面には勝利を象徴する月桂樹などの模様が施されているメダルをこう呼ぶ。また、本体上部には、首に掛けてぶら下げるための幅広の紐やリボンがつけられている。また、比喩的表現として「勝利」「優勝」などの意味としても使われる。
多くの金メダルは金メッキであるが、ノーベル賞やアメリカの議会名誉黄金勲章(Congressional Gold Medal)のメダルは純金である。
近代オリンピックにおける金メダルは、“純度92.5%以上の銀製メダルの表面に6g以上の金メッキしたもの”とオリンピック憲章(規則70 付属細則2-2)に定められている(銀製金メッキ)。これは、開催国によって経済的な不利が無いようにとの配慮である。メダルには競技の名前を入れる事になっており、授与される者の名前は入っていない。意匠は大会によって異なる。たとえば長野オリンピックでは一部に漆塗りが用いられたほか、トリノオリンピックでは形状がドーナツ型であった。ただし夏季オリンピックのおもて面については統一されている(2004年アテネより2代目)。


オリンピックの金メダルは、上記引用文にある通り、銀メダルの上に、‘たった6gの金’がメッキしてある だけである。

これぞ、正に「お色直し」。天声人語さん、言い得て妙!

因みに、メッキされた金のお値段は?

d-gold_graph_bg.jpg
http://gold.tanaka.co.jp/commodity/souba/d-gold.php
d-gold_graph_02.gif

縦軸の単位は、(円/グラム)である。横軸は、今年の(月/日)。

このグラフから、4,300円/グラム とした場合、

   (4,300円/グラム)×6グラム = 25,800円

と計算が示す通り、金メダルと銀メダルの‘地金’の価値は、3万円にも満たない。



さて、さて、今回のオリンピックでもいろいろなもめごとがある。

我々は、小学校の時にこう教わった。

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http://www.bm-poitiers.fr/medias/medias.aspx?INSTANCE=EXPLOITATION&PORTAL_ID=portal_model_instance__page_culture3.xml
クーベルタン(Coubertin)男爵<‘クーバーチン’とは、俺のことかとクーベルタン言い(字余り)>

「オリンピックは、勝つことより参加することに意義がある」:クーベルタン男爵

私は、小学校の時から、この言葉に或る疑問を抱いていた。

その‘或る疑問’とは、「国内で勝たないとオリンピックに参加出来ないのに、何故?」というつまらぬ疑問である。

当時は、今のように‘情報’が直ぐに取れるという時代でもないし、そんなことを言っても馬鹿にされるだけだと思っていた。

さて、このことについてWEBで検索すると、そんなことよりも面白い‘ブログ’に遭遇することが出来た。

愛・蔵太の気になるメモ(homines id quod volunt credunt)
http://d.hatena.ne.jp/lovelovedog/20100531/olympic

いちいち解説するより、また引用文アドレスを紹介しても見ない人がきっといるだろうから、全文紹介を・・・。

http://d.hatena.ne.jp/lovelovedog/20100531/olympic

2010-05-31
■[ネタ]オリンピック「勝つことより参加することに意義がある」の起源と謎について

 オリンピック精神(の一つ)として伝えられているこの言葉ですが、起源はクーベルタン男爵でない、というのが定説。

→オリンピックは参加することに意義がある:オリンピックの精神:心理学総合案内こころの散歩道

第4回ロンドンオリンピック(1908)の陸上競技では、アメリカとイギリスとの対立が絶え間なく起こり、両国民の感情のもつれは収拾できないほどに悪化していました。
 
 その時に行われた教会のミサで、
「このオリンピックで重要なことは、勝利することより、むしろ参加することであろう」というメッセージが語られました。
 
このメッセージを、当時のIOC会長のクーベルタンがとりあげ、次のように述べました。
 
「勝つことではなく、参加することに意義があるとは、至言である。人生において重要なことは、成功することではなく、努力することである。根本的なことは、征服したかどうかにあるのではなく、よく戦ったかどうかにある。」
 「近代オリンピック100年の歩み」(ベースボールマガジン社)より
 要するに、教会のミサでのセリフをうまくクーベルタン氏が引用して膨らませた、という話。

→ロンドンオリンピック (1908年) - Wikipedia

本大会では、ホスト国で世界に君臨していたイギリスと急速に国力を伸ばしていたアメリカがお互いをライバル視し、険悪な関係になった。特に陸上400m決勝ではアメリカ選手のファウルの判定に対し、それを不服としたアメリカが他の決勝進出選手も出場をボイコット、イギリスのウィンダム・ハルスウェル一人で走るという前代未聞のレースとなった。こうした状況を危惧したペンシルベニア大司教(アメリカ選手団に随行していた)のエチュルバート・タルボットは、「オリンピックにおいて重要なのは勝利することよりむしろ参加したことであろう」と説教で語り、これを知ったクーベルタンはオリンピック精神の表現としてこの言葉を引用するようになった。
 誰が言ったかは分かりました。

→参加するべきか否か? | 透明人間たちの気まぐれ日記

 第4回ロンドン大会(1908年4月27日~10月31日)でのことです。
 実は、この大会は、いろいろな意味で近代オリンピックの基礎がつくられた大会でした。
 それまでは、個人やチームごとに申し込めば参加することが可能だったものが、各国のオリンピック委員会(NOC )を通じての参加となった最初の大会だったのです。
 それだけ、参加基準のハードルが上がったというだけではなく、正式に国を代表する選手であるという特別の意味合いも生まれました。
 つまり、国どうしの争いが激化する キッカケ となった大会でもあるのです。
 そこで、ある有名な事件が起きたのでした。
 当時、陸上競技の種目だった綱引きでのトラブルです。
 シューズ履きのアメリカチームに対し、警察官で編成したイギリスチームがスパイクを履いて圧勝するという大騒動が勃発したのです。
 米・英、両国はルールや判定をめぐって、もつれにもつれ、国民感情むき出しのケンカ状態を続けていました。
 そんな最中にセントポール寺院に各国選手団を招待して行なわれた日曜日のミサで、ペンシルベニアから来ていたエチュルバート・タルボット司教が、「この五輪で重要なことは、勝利することより、むしろ、参加することにある」と説教したのです。
 ↑こちらの記述では、司教の演説のきっかけは「陸上400m」ではなく「綱引き」ということになっています。

→Ethelbert Talbot - Wikipedia, the free encyclopedia

He was invited to preach at St Paul's Cathedral on July 19, a service to which athletes and officials of the games were specially invited. In his sermon, he said,
“We have just been contemplating the great Olympic Games. What does it mean? It means that young men of robust physical life have come from all parts of the world. It does mean, I think, as someone has said, that this era of internationalism as seen in the Stadium has an element of danger. Of course, it is very true, as he says, that each athlete strives not only for the sake of sport, but for the sake of his country. Thus a new rivalry is invented. If England be beaten on the river, or America outdistanced on the racing path, or that American has lost the strength which she once possessed. Well, what of it? The only safety after all lies in the lesson of the real Olympia - that the Games themselves are better than the race and the prize. St. Paul tells us how insignificant is the prize, Our prize is not corruptible, but incorruptible, and though only one may wear the laurel wreath, all may share the equal joy of the contest. All encouragement, therefore, be given to the exhilarating - I might also say soul-saving - interest that comes in active and fair and clean athletic sports.” (emphasis added)
Pierre Coubertin, the father of the modern Olympic movement, paraphrased Talbot in a speech the following Friday, "The importance of these Olympiads is not so much to win as to take part." The sentence has been paraphrased and modified over time, but remains an important part of the Olympic ideals.
 ということで、演説があったのは1912年7月19日、クーベルタン氏の発言があったのはその週の金曜日、ということのようです。

 ところがなんと。

「ウィンダム・ハルスウェル」が一人で走ったのは7月25日。

 アメリカ人を含んだ4人の決勝が「7月23日」に行われています。

 要するに、いずれにしてもエチュルバート・タルボット司教が「勝利することより、むしろ、参加することにある」と言ったのは、オリンピックの400メートル徒競走に関して、ではなさそうです。

→ウィンダム・ハルスウェル - Wikipedia

翌年の1908年、ハルスウェルは地元ロンドンでのオリンピックの400mに出場する。7月21日に行われた準決勝を48.4秒のオリンピック新記録で決勝に勝ち上がった。2日後の7月23日に決勝は、彼と3人はアメリカ人による4人で行われることとなった。
さて、決勝のレースは、ウィリアム・ロビンスが先頭、2位にジョン・カーペンター、3番目にハルスウェルという順番で最後のホームストレートに入ってきた。ここで、カーペンターとハルスウェルがロビンスを抜きにかかると、ここで審判から反則の声が上がった。レースは、カーペンターが1位、ロビンスが2位、ハルスウェルが3位でフィニッシュした。しかし、カーペンターがハルスウェルの走路を侵害したとのことでレースは無効の判定が下された。写真判定では、確かにカーペンターはハルスウェルの走路をブロックしていた。しかし、このようなブロックはアメリカのルールでは認められているものであった。しかし、この大会は、イギリスのルールを適用し運営されていたため、カーペンターは失格。カーペンターを除いた3人により、2日後の7月25日に再レースを行うこととなった。しかし、残り2人のアメリカ選手は再レースを拒否。再レースはハルスウェル1人によって行われ、歩いても優勝という中、50.0秒で金メダルを獲得。銀メダル、銅メダルは該当なしという珍事となった。
 ここで重要なのは、エチュルバート・タルボット司教が誰に対して叱ったのか、ということです。

 時系列的に考えて、「陸上400mの決勝をボイコットしたアメリカ人選手」ということはあり得ません。「綱引き」の行われた日時が不明なので断定できないのですが、綱引きに卑劣な手段で勝った「イギリス人選手」に対する非難であるんじゃないかと思います。

 それに対して、クーベルタン氏の発言は、「陸上400m決勝」の行われた日の夜? それだとすると、英米の両選手を叱っていることになります。

 要するに「勝利することより、むしろ、参加することにある」の裏にも、ある種政治的な意味合いが、発言の日によって読み取れそうな気がする、ということですな。

 

(2010年6月2日追記)

 トラックバック先に、もっと細かなことが書いてあります。1908年ロンドン・オリンピックの「綱引き」をやった日、普通に英語版ウィキペディアに書いてありました。

→1908年ロンドンオリンピックの話 - 蟹亭奇譚

・7月17日(金)・18日(土) - 綱引き試合開催
・7月19日(日) - タルボット司教、St Paul's Cathedral の礼拝説教で 「この五輪で重要なことは、勝利することより、むしろ、・参加することにある」 と語る
・7月23日(木) - 陸上400m 決勝。アメリカ選手カーペンター失格になる
・7月24日(金) - クーベルタン氏、タルボット司教の言葉を引用する
・7月25日(土) - 陸上400m決勝再試合。アメリカ選手2名がボイコットしたため、イギリス選手ウィンダム・ハルスウェルが一人で走る



オリンピックには、もっともっと面白い‘秘話’がきっと沢山あるに違いない!


(つづく)























[2012/08/03 14:42] | スポーツ | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
‘オリンピックの開催が4年に一度’は果たして公平か?(その1)
昨日の弊ブログ:「卓球・福原 愛 選手の成長」では、以下の通り、‘⑥ 選手個人の成長度’について、私見を書かせて貰ったが、本日は、「⑦ オリンピックの開催が4年に一度、は果たして公平か?」について・・・・。

TKY201207280374.jpg
http://digital.asahi.com/article_search/s_list3.html?keyword=
%A1%D2%A5%CB%A5%E5%A1%BC%A5%B9%A4%CE%CB%DC%C
3%AA%A1%D3&s_title=%A1%D2%A5%CB%A5%E5%A1%BC%
A5%B9%A4%CE%CB%DC%C3%AA%A1%D3%B0%EC%CD%F7&rel=1



① イギリス経済の落ち込み

② 開催日程の決定に関する配慮・イスラム‘ラマダン’

③ チケットの販売方法

④ 審判員の採点の価値

⑤ 1/100 秒の意味

⑥ 選手個人の成長度 (私見記述済み)

⑦ オリンピックの開催が、4年に一度、は果たして公平か?

⑧ 豪華・長時間の入場行進と選手の疲れ

改めて、今回のテーマ:

⑦ オリンピックの開催が4年に一度は果たして公平か?

何故‘不公平’か?

オリンピックを目指すアスリート達にとっては、競技種目にも当然依るが、その人の‘旬’の時に参加出来ないという‘恨み’がある場合が多い。

だって、4年間も自分の‘旬’を持続させることなど難しい場合が多いに決まっている。

また、男子サッカーの場合など年齢制限があれば尚更である。

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http://jp.wallpapersus.com/sports-%E3%83%AA%
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そこで提案であるが、もう一歩踏み込んで、

‘オリンピックを毎年開催してはどうか?’

これなら、‘旬’の問題は、そう‘問題にされずに済む’。

<長所>

(1)アスリートの‘旬’の時に参加出来る可能性が極めて高くなり、アスリートの数が増え、社会の健全化に貢献出来る。

(2)開催希望国がこれだけ多いのだから4倍もその満足度が増す。

(3)開催国の経済発展が4倍の‘速さ’で世界に広がる。

(4)アスリート同士の交流で、戦争撲滅・世界平和に繋がる確率が大幅に高まる。

(5)観客の方も4倍に増える訳で、世界中の各国同士の交流が増え、延いては世界平和に繋がる。

(6)人事交流が活性化し、輸出入貿易が活性化される。

(7)少々の小金持ちが‘旅費・その他雑費’を使うことで‘タンス預金’を叩いてくれるので経済が廻る。

等々いいこと尽くめである。

<短所>

(1)各国の‘選手派遣費用’が嵩む。 → しかし、これはその費用が一般の収入になる訳だから‘経済の活性化’に繋がる。だから、この項目は<短所>と言うより<長所>に入れるべきかも??

(2)その他には、短所は見つからない!

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http://matome.naver.jp/odai/2130554793612177701
ナデシコ・ジャパンのメンバー

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http://matome.naver.jp/odai/2130554793612177701
錦織圭選手

そうすりゃあ、ナデシコだって、錦織圭だって、オリンピックに挑戦する彼等を毎年楽しめるという訳だ!

そして、オリンピック毎年開催のお陰で、世界の経済が廻り出す!

オリンピック発祥の地、そして‘経済が危ない国’ギリシャが言い出すべきかもしれない!






























[2012/08/02 12:00] | スポーツ | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
卓球・福原 愛 選手の成長
今季のオリンピック は、数々の話題を提供してくれる。

① イギリス経済の落ち込み

② 開催日程の決定に関する配慮・イスラム‘ラマダン’

③ チケットの販売方法

④ 審判員の採点の価値

⑤ 1/100 秒の意味

⑥ 選手個人の成長度

⑦ オリンピックの開催が、4年に一度は果たして公平か?

⑧ 豪華・長時間の入場行進と選手の疲れ

等々、まだまだこれから陸上競技が始まると、沢山の問題が‘明るみ’に‘出て来る’or‘出されてくる’に違いない。 

特に、⑥ 選手個人の成長度 が、卓球の「福原 愛」選手において顕著であったように思えた。他の問題も重要であるので後日自分の意見として纏めたい。

さて、ロンドンと東京は、‘時差’が‘8時間’である。

このことは、小学生でも‘計算’出来る。

イギリス・ロンドンの時間・グリニッチ時間が‘世界の標準時間’である。

経度はその地点と北極・南極を通る大円と、ロンドンの旧グリニッジ天文台を通る大円(グリニッジ子午線)とのなす角度で表される。

一方、日本の標準時刻は、兵庫県・明石市の東経135度、であることを小学校で教わる。

ということは、以下の通り、小学生が日本とイギリスの‘時差’を計算することが出来る、という訳である。

   135/360= N/24  (N:日本とイギリスの時間差)

   N=135×24/360=9

あれっ~! 9時間じゃん! 何これ?!

ここでもう一つの‘お勉強!’

時間差は、‘9時間’が正解。

しかし、イギリスでは現在‘サマータイム’が実施されている。

http://www.time-j.net/WorldTime/Location/Europe/London/
イギリス / ロンドンの時差と現在時刻

サマータイム情報
・今回のサマータイムの開始日時:2012年3月25日(日)1時0分 GMT
・今回のサマータイムの終了日時:2012年10月28日(日)2時0分 BST



従って、サマータイムの実施を計算に入れれば、現在の‘時差’は、8時間、が正解。

そんな訳で、イギリス・ロンドンでは、只今夜の8時で~す。と言われても明るい。

明るさで言えば、同じ北緯であれば、日本の夜7時と同じの明るさである。

しかし、ロンドンと東京では、緯度が違う。

この緯度が明るさに及ぼす影響については、‘白夜’のことを知っている人は誰でも気がつく。

それにもっと細かく言えば、その国の標準時間を決めている子午線の位置とその場所(ex:東京)との緯度との差でも、明るさは相当違うことになる。

これは、日の出の時刻が、日本の東西で、約1時間以上違うことを考えれば、直ぐに理解出来る。

そんな訳で、この‘時差’だけとっても、こんなに‘た~くさ~ん’の‘勉強の題材’が隠されている。



さてさて、横道にそれてしまったが、‘愛ちゃんの成長度’が今回のテーマである。

ここのところ、‘夜型’というより‘深夜・早朝型’になってしまったので、‘日付’がなかなか判りにくい。

2012年7月31日午前1:20(日本時間)というのが、福原愛選手が女子シングルスの4回戦(準々決勝の一つ前)に勝利した‘時刻’である。

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画像ー27 038 posted by (C)mobaradesu
NHK/TVをカメラで撮影した画像 :4回戦勝利の瞬間!

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画像ー27 043 posted by (C)mobaradesu
NHK/TVをカメラで撮影した画像 :4回戦勝利のスコア

これまで私はこのブログを通して、‘錦織圭選手’にもこの‘福原愛選手’にも、「勝つと思うな」、それを乗り越えろ!と‘訴えて(?)’きた積りである。

彼女は、これまでのインタビューでは必ず‘絶対勝つ積りで頑張ります!’を繰り返す。

まだまだ解っていない! 何故、‘王者の心境’を学ぼうとしないのか?!

ところが、今回の4回戦、ベスト8に残った試合を拝見したが、どうやら彼女は‘一皮剥けた’感じがする。

‘勝ちにこだわっていないのだ!’

‘1-3’から‘4-3’への逆転劇が、この成長を物語っていた。

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画像ー27 019 posted by (C)mobaradesu
NHK/TVをカメラで撮影した画像

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NHK/TVをカメラで撮影した画像

いい顔をしている。これは‘恐るべき成長!’である。ただし、まだ‘奥儀’にまでは到達していない。

‘100歩のうち、99歩を以って道半ばとせよ!’という名言がある。

判り易く言えば、福原愛選手は、99歩まで来た!と言ってもいい。

あとの一歩こそ、彼女がこれから一生涯‘精進’せねばならぬ‘重荷’であるし、‘楽しみ’である。

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画像ー27 027 posted by (C)mobaradesu
テレビ朝日/TVをカメラで撮影した画像(7月31日)

画面の‘テロップ’をご覧になれば、注意深い方にはお判りの通り、もう‘一皮剥けた’彼女は「絶対勝ちに行きます」の表現から一夜にして‘卒業’したのだ!

「・・・・、‘挑戦’したい・・・」と言うことが変わって来た!

今後オリンピックが終わって暫らく経ってからの彼女は、インタビューの際にはきっとこう言うだろう。

「今後は、試合を‘冷静に’、‘慎重に’‘楽しみたい’・・・。」

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画像ー27 025 posted by (C)mobaradesu
NHK/TVをカメラで撮影した画像

準々決勝線では、世界ランク第一位の選手と当たったこともあって、1-4で敗退したそうだが、それで良かった。

ここで勝ったりすると、折角の「‘悟りの境地’への‘呪縛’」が解けてしまって、また‘勝ちに拘る’つまらぬ勝負魂が盛り返して来たりすれば、元の黙阿弥である。

実のところ、福原愛選手は‘悟りの境地の入り口’まで、自分が来ていることを‘自覚’していないのだろう。

我々は、一人のアスリートが、その‘奥儀’を掴むのを見守りたい。

私にとって、今度のオリンピックでの最大の収穫の一つは、この‘成長の過程’を見たことだった。

(つづく)
























[2012/08/01 09:57] | スポーツ | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
松井秀喜とイチロー
2012年7月26日早朝(日本時間)、二日前の イチローの電撃ニュースに続いて、松井秀喜の戦力外通告のニュースが飛び込んできた!

松井秀喜
http://www.nnn.co.jp/dainichi/knews/120726/20120726010.html

ちょくちょくしか出なければ、この天才にしても‘打撃の感触’は薄れるのに違いない!

日本と違って、アメリカは‘結果主義’であって、‘将来希望主義’ではない恐ろしさがある。

アメリカ人・アメリカ社会は、‘情け’が通じないやりきれない社会である。これが資本主義の社会の通念だから已むを得まい。

ただし、この松井秀喜の発表をイチローの発表後にしたのは、一寸した球団の‘情け’というもんだろうか?

松井の発表が先だったら、松井はもっと衝撃が大きかったに違いないと思う。

それにしても、イチローの電撃発表は、これぞ、‘電撃’と言わんばかりである。

イチロー-2
http://www.nikkansports.com/baseball/mlb/news/p-bb-tp2-20120725-988833.html

イチローの記者会見では、このイチローでさえ言葉に詰まった。「この‘間’で、言わんとすることを察して貰いたい」正に日本人にしかわからないイチローらしい会見である。これにアメリカ人はどう反応するのだろうか?

マリナーズの本拠地であるシアトルでは、イチローの11.5年間の活躍のお陰で、‘日本文化’の浸透には目を見張るものがあるという。勿論、‘寿司’はそれ以来大人気らしい。

イチローのことだから、ニューヨークでまた本職の野球のみならず、‘日本の文化大使’としての役目も期待したい。

さて、われらの‘松井秀喜’を、日本は、日本人は、そして日本の野球ファンは一体どうすればいいのだろうか?


南こうせつ作曲による「妹」という歌がある。

妹
http://www.fukuchan.ac/music/j-folk3/imouto.html

南こうせつは、作詞家の喜多条忠から‘詩’を貰ったその日の内に曲を書き上げたという‘電撃曲’である。

この最後の部分が‘泣かせる’。

そして どうしても どうしても どうしてもだめだったら かえっておいで

‘妹よ’の代わりに‘秀喜よ’とすれば、変え歌の最後の部分は完成である。前半の部分は球団名を入れたりで変えれば良い。

とろで、松井秀喜が返り咲く日本の球団だが、それはもう‘楽天’がいい。

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http://www.rakuteneagles.jp/company/

東北人はきっと大喜びするに違いない。こんな元気を松井秀喜は東北人にプレゼントする‘義務(?)’もあるのではないか? 松井選手をアメリカに送り出す際には、東北人だって、本当は嫌なのに笑顔で送り出した人だっているに違いないのだ。

未だに残る‘東日本大震災’の暗い翳を彼のホームランで叩き飛ばして欲しい! これは、松井秀喜を応援する日本みんなの願いでもある。

そして、楽天は今後‘大リーガー’のお帰りお待ち球団にして、‘日本一’を目指せばいい。

そうすれば、日本で‘ワールドカップ’の開催が出来て、一石二鳥というもんだ。

星野監督にも、恐らくその希望があるに違いない。

それどころか、もう楽天の社長は、既に動いているに相違ない!

発表は、8月1日!(?)

これ、‘決まり’かもしれない !???


























[2012/07/27 13:41] | スポーツ | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
大相撲の‘体たらく’は?
大相撲名古屋場所が、7月8日から始まった。

実はついうっかりしていて、初日二日と大相撲が始まっていたのに気が付かなかったのである。

こちらのうっかりもあるが、それ程今の大相撲は面白くないとも言える。

昨日(7月11日)四カ目のTVの様子を見てみると、NHKの映像では次の場面が映し出されている。
(以後の写真全てNHK/TVの画面をカメラで撮影したものである)

注目して貰いたいのは、観客の入り具合である。

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画像ー18 056-2 posted by (C)mobaradesu

平日であるということと、幕内の取り組みの第2番目だから、そんなに観客席は一杯ではないのだろう。席数からしてその1/3も観客がいないのではないか?

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画像ー18 073-2 posted by (C)mobaradesu

白鵬の取り組みだから、最後の取り組み・結びの一番である。一つ上の画面と比べると少しは観客が詰まってはいるが、それでも1/2にも満たないのではないか?

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画像ー18 074-2 posted by (C)mobaradesu

一つ上の写真は、四股名で見えにくい(?)から、直後の写真家これである。やはり、1/2にも満たないかも知れない。

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画像ー18 078-2 posted by (C)mobaradesu

横綱に挑戦する‘碧山’だが、ほんの2秒も持たない!

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画像ー18 007-2 posted by (C)mobaradesu

弓取り式も盛り上がらない!

大相撲は、日本の国技である。

それなのにこの‘体たらく’は一体どういうことなのだろうか?

力士の報酬は以下の通りである。

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http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A7%E7%9B%B8%E6%92%B2

確かに十両に昇進するのも難しいだろうが、十両で大会社の部長クラス、幕内ともなれば、大会社の社長並の報酬である。

もう少し頑張って貰いたい。

この‘体たらく’の原因の一つには、NHKの無責任さがあるように思えて仕方がない。

中継放送は、中継だから実際に取り組みが行なわれている時間に放映する。

それはそれでいいとして、一般のサラリーマンや職業を持って働いている相撲ファンに対して何故ハイライト時間を深夜にするのだろうか?

番組表

これは、7月12日の新聞に載っている番組表である。

深夜の3:00となっている。

NHKは、一般のサラリーマンや夕方18:00頃までには、TVどころの騒ぎではなく一生懸命働いている日本人に‘出来るだけ大相撲を見せないように’努力しているのであろうか?

少し前までは、民間放送で‘大相撲ダイジェスト’という番組があった。

何の理由からかは知らないがその番組は今は無い。

これでは、大相撲に興味を持てという方が無理である。

NHKさん、大相撲開催の時期には、少なくとも21:00~24:00の間に、‘大相撲ハイライト’番組を流して貰いたい。

どうしても割り込めない程立派な番組をBSも含めてやっている訳じゃあないでしょう!

深夜・早朝の3:00に放映して、誰に見せようというのだ!

大いに反省をして早速実行して貰いたい。

































[2012/07/12 15:59] | スポーツ | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
フェデラー世界ランク1位に返り咲きか!?
2012年7月7日早朝(日本時間)に始まったウインブルドン2012の男子シングルス準決勝戦の第一戦。世界ランキング大1位のジョコビッチ vs 第3位のフェデラーのぶつかり合いは熱狂的なテニスファンでなくても見逃すわけにはいかない。

実は、これが事実上の決勝戦だからだ。

ハイライトでは決して見れない 世界一の技術と駆け引き を見ることが出来るのである。

そんな訳で、7日の0:00から3:30までNHK/TVに釘付けとなった。

結果は次の報道の通り、フェデラーに軍配が上がった!

http://www.jiji.com/jc/c?g=spo_30&k=2012070600834

フェデラー、3年ぶり決勝へ=ジョコビッチ敗れる-ウィンブルドンテニス
 【ウィンブルドン(英国)時事】テニスのウィンブルドン選手権第11日は6日、ロンドン郊外のオールイングランド・クラブで男子シングルス準決勝が行われ、第3シードで優勝6度のロジャー・フェデラー(スイス)が第1シードのノバク・ジョコビッチ(セルビア)を6-3、3-6、6-4、6-3で破り、3年ぶりの決勝に進んだ。ジョコビッチは連覇を逃した。


フェデラー ジョコビッチ
左:http://www.47news.jp/news/photonews/2012/07/post_20120704235641.php
右:http://news.goo.ne.jp/photo/kyodo/sports/PN2012070301004470.html

予測通り、この実力の伯仲する二人は見る者を釘付けにした!

以下の写真は、全てNHK/TV画像をカメラで撮影したものである。

この日ロンドン・ウインブルドンは朝から小雨が続いており、センターコートは天井を閉めての試合である。風が吹かないから両者の本当の実力が判るし、彼等も十二分に実力を発揮出来るに違いない。

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画像ー15 011 posted by (C)mobaradesu

最初は、両者ともサーブをキープして、ブレイクは無かった。

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画像ー15 012 posted by (C)mobaradesu

しかし、ジョコビッチが転倒した!

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画像ー15 021 posted by (C)mobaradesu

それから流れが変わり始めた。

フェデラーがブレイクした!


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画像ー15 024 posted by (C)mobaradesu

上の写真から、試合が始まって‘17分経過’後である。

フェデラーは、悠々と水を飲んだ!

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画像ー15 033 posted by (C)mobaradesu

フェデラーの奥さんは、余裕の拍手をした! だが、まだ一寸硬い表情である。なにしろ相手のジョコビッチは、この一年間世界ランキング第1位を一度も他人に渡さなかった強豪である事はフェデラーの奥様ならよ~くご存じのはずだからである。そのこころの内が次の写真によく出ている。

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画像ー15 031 posted by (C)mobaradesu

フェデラーが、自分のサーブをキープして、5-2となったのである。これでこのセットは先が見えた!

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一方、ジョコビッチ側は、一寸動揺が出始めた。彼の婚約者の表情が硬過ぎる!

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当のジョコビッチはと言えば、足に薬を塗りたくっている!

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そして、両者で繰り返される‘チャレンジ’。一試合でこんなに沢山の‘チャレンジ'の応酬があるのも珍しいが、更に珍しいのは、そのチャレンジでのクレームがほとんど当たることである。

下の写真も、これは審判では‘OUT’の判定だったのだが、チャレンジでクレームがついてのコンピューター判定で‘IN’の判定となったのである。これで、‘IN’なのである! ラインには、本当に‘1mm’も掛かっていない!

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気を取り直してのジョコビッチのサーブ。

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ロイヤルボックスからは、歴代の覇者が深刻な面持ちで両者の対決を見守る。

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自分の時にこの判定器があったら、あの時の自分の主張が正しかった事が証明出来たのに、と言わんばかりの顔つきにも見える。

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そんなことも考えながらのTV観戦は、ひょっとするとコートでの観戦より面白いに違いない。

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TV局のプロデューサーもきっと視聴者を盛り上げるためにあっちこっちのカメラで観客の表情を画面に登場させるのである。これもウインブルドンテニスのTV観戦の魅力にもなっているのだ。

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さあジョコビッチの挽回が始まった!

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彼の彼女の応援にも力が入る!

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会場に入れない人達は野外の大型スクリーンでの観戦である。どうやら雨は上がったようだ。

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さて、試合は終盤を迎え、ブレイクタイムにフェデラーだけがシャツを取り換えた!ジャコビッチは取り替えない。この余裕の差が試合を決めることになる。

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またしてもチャレンジ。これも審判の判定と違って‘IN’。

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遂に勝利の女神はフェデラーに微笑んだ!

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2時間半の激闘は、世界第3位のフェデラーの勝ちで終わった。返り咲いたのである。

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試合後のインタビュー。

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画像ー15 173 posted by (C)mobaradesu

世界一になることは難しいと語っているが、その表情は明るい。

日曜日には、フェデラーが優勝している事は間違いない!



































[2012/07/07 13:10] | スポーツ | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
アニモ像
以前岡山に勤務したことがある。この岡山の‘売り’は‘桃’である。従って(?)岡山駅の前広場には桃太郎の銅像がある。

okayama10.jpg
http://www.uchiyama.info/oriori/insho/eki/okayama/
JR岡山駅前の桃太郎銅像。一緒に写っている‘ハト3羽’は、家来ではなかった!お間違えなきように。でも家来のように見えるのが不思議!


実は、名産が桃で、桃太郎はその伝説があるところからの桃太郎である。直接の結びつきはないものの、名産が桃だから、 桃太郎伝説 を揺るぎなきものにしたに違いない。

日本全国に桃太郎伝説があると言われるが、次に引用した文献によると‘三大伝説+α’と言われるようにそれぞれに根拠があるらしい。

http://www.asukanet.gr.jp/tobira/momotaro/momotaro.html

桃太郎伝説のブログ看板


 全国に伝わる桃太郎の物語は,実は大和政権(大和朝廷:大和王権)による全国統一の戦いと
深く関わっているようです。桃太郎の三大伝説地である岡山県,香川県,愛知県を訪ねてみました。
<このページの内容>

桃太郎の物語

桃太郎の前の予備知識 日本神話に登場する「桃」のこと

岡山県の桃太郎『温羅(うら)伝説』

香川県の桃太郎

桃太郎伝説発祥の地 奈良県磯城郡田原本町

愛知県犬山市・岐阜県東濃地域の桃太郎

日本ライン桃太郎伝説

桃太郎神社(岐阜県加子母)



そんなこともあって、岡山県総合グラウンド陸上競技場は、最近まで‘桃太郎スタジアム’の愛称で親しまれていた。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B2%A1%E5%B1
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岡山県総合グラウンド陸上競技場

当施設は県内唯一の日本陸上競技連盟第1種公認陸上競技場で県下最大規模の収容能力を有する。各種陸上競技の大会・記録会及び全国大会県予選・選考会などが毎年行われる。愛称は桃太郎スタジアム(ももたろうスタジアム)であるが、2010年3月1日より「カンコー学生服」をブランドとする尾崎商事の命名権取得(5年契約、年間1,000万円)によりkankoスタジアム(カンコースタジアム)へ改称された[1]。



いわゆる‘桃太郎スタジアム’(現在は、kasnko.スタジアム)は、JR岡山駅の真北にある。

岡山県総合グランド地図JPEG
http://www.okayama-momo.jp/

岡山県総合グランドの案内図
http://www.okayama-momo.jp/


この中に、‘アニモ’・有森優子の像 が建っている。

アニモ像

http://sculpture-japan.com/s2/0189/s.htm
設置場所:岡山県総合グラウンド《岡山県岡山市いずみ町》
タイトル:animo 有森裕子
制作年:平成16年
作者:上田 久利
メモ:寄贈 山陽新聞社
撮影: 平成19年6月2日



これだけの情報では‘アニモ’の意味が不明である。

有森優子さんの‘愛称’は、‘アリモリ’の‘リ’抜け(その理由は伏せておく)で、‘アリモ’と呼ばれていたそうであるから‘アリモ’なら理解出来る。

解説プレートなるものが‘アニモ’像に付随している。

アニモのプレート
http://ameblo.jp/241190/entry-10558303245.html

アニモのプレート-2
http://ameblo.jp/241190/entry-10558303245.html

『 animo は、スペイン語で魂・勇気・気力の意味である。有森裕子が、バルセロナ五輪で地元の人から「アニモ、アニモ」と声援を受け、好きな言葉となっている。』と読み取れる。

有森裕子自身は、「 スペイン人は、私の‘愛称・ニックネーム’を‘アリモ’と知っていて、応援してくれている、と思っていたが、レースが終わって一緒に走った山下さんにこの話をしたところ、彼女にも‘アニモ’と言って応援してくれたということを聞いて、やっと‘アリモ’ではなく‘アニモ’だったことに気づいた。」と語っている。(2012年6月19日・NHKラジオ深夜便)

Google の翻訳機能で‘ Animo!’を翻訳して見ると、

翻訳

‘元気を出して!’と翻訳された。

確かに‘応援’の言葉だ。これを有森さん自身は‘アリモ!’と聞こえたそうだから、これは私だけへの励ましと思ったという。自分のニックネームを叫ばれたのだからきっと気分が良かったに違いない。

そのお陰もあってか、堂々の‘銀メダル’である。
偶然とは言いながら、思わぬ味方になって呉れたという‘エピソード’である。

前々から言われていることだが、彼女には‘珍しいエピソード’が多過ぎる。

彼女がマラソン選手になるまでにも数々の偶然や珍しい出来事が多い。

オリンピックに出て記録を残した時にも色々な偶然が多い。
ひょっとすると彼女は‘宇宙人’の一人かも知れない。本人は自覚はされてはいないようだが・・・。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9C%89%E6%A3%AE%E8%A3%95%E5%AD%90

有森裕子

有森裕子 銀
http://blog.goo.ne.jp/sc-sagamihara/e/608997c54158ddeda6ccf333d74b8faf

プロフィール [編集]

岡山県岡山市出身。岡山市立牧石小学校、岡山市立岡北中学校を経て就実高等学校へ進む。中学時代はバスケットボール部に所属したが、校内運動会の800メートル競走で3回優勝していた。高校入学の際、陸上部に入部を希望するも、中学から大学までの一貫校である就実では中等部から持ち上がってきた素質ある陸上選手がおり、他の中学校から来た素人同然のランナーなど不要であると言われる。しかし有森は諦めず、1ヶ月後に入部を認めさせた[2]。高校時代に陸上競技で目立つ結果は残していないが、有森が高校に入学した年度に始まった全国都道府県対抗女子駅伝に、第1回から第3回まで補欠で登録されるという、同大会役員によれば大会史上唯一の記録が残っている[3]。このころの有森は、日本の女子長距離走の第一人者であった増田明美にあこがれ、増田について書かれた記事を練習日誌に貼っていた[4]。

高校卒業後、高校の陸上部顧問の推薦を得て日本体育大学に進学[4]。1年の時に関東学生陸上競技対校選手権大会の3000mで2位、また3年間補欠であった全国都道府県対抗女子駅伝に、4度目の正直で正選手として出走を果たす。が、生まれたときに股関節脱臼だったこともあり怪我が絶えず、その後は2年半に亘り鳴かず飛ばずで、密かにトライアスロン転向を目論み(女子の第一人者がいないという安易な思惑からであった)、親の仕送り全部を使って高額なトライアスロン用自転車を購入した。ところがその自転車は盗まれてしまい、そのことで有森は我に返ったという。3年の冬に学生駅伝にメンバーとして選ばれ、以降、有森は陸上競技からの転向は考えなくなった。全日本大学女子駅伝では区間賞を獲得している。

大学で競技者としての生活は終えて卒業後は教師になるつもりでいた。父親が教師をしている影響で、高校時代から体育教員志望であったという。しかし、教育実習期間中に、何の特別な準備もせずに出場した記録会で自己ベストから2番目の好タイムで優勝したことで、進路を実業団へと変える。折しもリクルート事件の真っ只中にあったリクルート社に、半ば押し掛けのような形で自分から連絡を取り、全くの無名で記録も残していない身でありながらその熱意を監督の小出義雄に認められ、陸上部への入部を果たす。

初マラソン日本最高・日本最高記録達成 [編集]

1990年の大阪国際女子マラソンがマラソン初レースだった。中間点を過ぎて先頭集団から脱落するが、その後も粘り続けて2時間32分台の記録で6位に入賞する。この記録は当時の初マラソン日本女子最高記録であった。1991年にも大阪国際女子マラソンへ2年連続で出場。レース後半に入った35Km手前からカトリン・ドーレと激しく首位を競り合うが、終盤でドーレに突き放される。惜しくも優勝はならなかったものの日本人ではトップでゴール、2時間28分台の2位と健闘し、当時の日本最高記録を樹立。同年開催の世界陸上東京大会女子マラソン代表にも選出され、一躍日本女子のトップランナーへ世間の注目を集め始めた。
この間の1990年、有森は日本陸上競技連盟(日本陸連)が初めて行った高地トレーニングに山下佐知子らとともに参加した[5]。

世界陸上4位入賞・オリンピック代表選考騒動 [編集]

同1991年夏に東京で開かれた世界陸上競技選手権大会のマラソンでは、メダルには届かなかったが4位入賞を果たし、バルセロナオリンピック(1992年)代表の有力候補となったものの、その時点ではまだ代表内定は出なかった(山下佐知子が日本女子最高の2位入賞で銀メダルを獲得、先にバルセロナ五輪内定に決まった。荒木久美は12位)。有森はその後バルセロナ五輪国内選考会の一つである、翌1992年1月の大阪国際女子マラソンに出場予定だったが、左足の怪我の為に欠場。又次の同年3月の名古屋国際女子マラソンも回避し、バルセロナ五輪女子マラソン代表選考は決定をただ待つのみとなった。

そのオリンピックの女子マラソン代表の座をめぐり、有森が出場しなかった1992年1月の大阪国際女子マラソンでは、有森の日本最高記録を更新して2:26:26のゴールタイムで優勝し、バルセロナ五輪代表を確定的にした小鴨由水に次ぎ、2:27:02の好記録で2位となった松野明美と比較されることになる。当時の国民的な大論議となり、松野が自ら五輪代表決定直前に「私を選んで下さい」という異例の記者会見も大きな話題となった。しかし代表選考の結末は、最後の3人目に有森の方がマラソンの経験と実績が買われて、山下・小鴨と共にバルセロナ五輪女子マラソン代表となった。それでも、有森よりも記録が良かった松野を落選させるという、日本陸連の不透明で曖昧な選考方法に抗議の声が殺到、有森の所属するリクルート等にも誹謗中傷の電話や手紙が相次いだという。
その後、有森と松野は20年間に渡って一度も互いに言葉を交わすことはなかった。後に『[劇場版]ライバル伝説 光と影』の映画鑑賞企画において20年ぶりに再会した際、有森は「20年間、松野明美を避けて来た」、「以前も何回か対面の機会はあったのですが、心情簡単には会えないなと思いまして、私の方が避けていました」と心情を吐露している[6]。

バルセロナ五輪で銀メダル [編集]

その1992年バルセロナ五輪女子マラソン本番での有森は、29Km付近で3位集団から抜け出してスパート。レース終盤の35Km過ぎ、先頭を走っていたワレンティナ・エゴロワに追いつき、その後エゴロワと二人で急な登り坂が続くモンジュイクの丘にて、約6キロに及ぶ激しい死闘を繰り広げた。
しかし有森は、競技場へ入る直前でエゴロワに引き離されてしまい、惜しくも8秒の差で五輪優勝はならなかった。それでも2位入賞でのゴールを果たし、見事に銀メダルを獲得する。日本女子陸上競技界では、1928年のアムステルダムオリンピック・女子800mで同じく銀メダリストの人見絹枝以来、64年ぶりの五輪メダル獲得という快挙を達成する。奇しくも有森は人見と同郷(岡山出身)であり、その上銀メダルを獲得した日付も同じ8月2日(日本時間・現地では8月1日)というおまけも付いた。さらにその8月2日は、人見の命日(享年24で夭折)でもあった。
しかし、その後の有森は足底筋膜炎や、小出監督やチームメート等との軋轢等もあってスランプに陥った。「何故走り続けるのか」という事に答えが出ず、苦悩する時期が続いてマラソンは暫く走れなかった。その頃はよく、机の引き出しにしまっていた銀メダルを何度も見つめては「御免なさい」とつぶやき、メダルに向かって謝りながら泣いた事もあったという。さらには「もう死んでしまいたい」と、真剣に思い詰めたりしていたらしい。それでも「このまま選手生活を終わらせたくない」とも常に考えていた有森は、1994年足の踵の手術成功をきっかけに、再び走る事への意欲を持ち、次の1996年開催のアトランタオリンピックにも女子マラソン代表で目指す事を決意する。

アトランタ五輪で銅メダル [編集]

1995年、五輪選考レースだった北海道マラソンへバルセロナ五輪以来、約3年ぶりのフルマラソンに出走する。そのレース前日の記者会見で有森は、今までの苦悩を思い巡らせながら「もう一度スタートラインに立てて嬉しい」と涙を見せた。北海道マラソン当日は、気温25度前後と小雨の涼しい好条件の中をスタート。有森はレース前半から独走となり、粘り強い走りが復活。当時の大会新記録を樹立し、マラソン初優勝を遂げる。この成績が高く評価されて、アトランタ五輪女子マラソン代表に選出。二大会連続の五輪出場となった。
1996年アトランタ五輪女子マラソン本番での有森は、30Km地点で2位集団を抜け出してスパート、トップを走っていたファツマ・ロバを追いかけ始める。その後33Km過ぎでは、前回のバルセロナ五輪に続いて、ワレンティナ・エゴロワとの激闘を繰り広げた。しかし35Km手前でエゴロワとは徐々に引き離され、苦しい表情を浮かべながらも3番手の位置を死守していた。

そして有森は優勝したファツマ・ロバ、2位のエゴロワに続いて陸上競技場へ入る。4位のカトリン・ドーレにゴール直前で追い上げられたが、わずか6秒の差で逃げ切って3位入賞、銅メダルを獲得した。二大会連続の五輪メダル獲得は、日本女子陸上選手では有森が初めての快挙である。

ゴール後のインタビュー(インタビュアーは、藤井康生【日本放送協会アナウンサー】)で「メダルの色は、銅かもしれませんけれども……、終わってから、なんでもっと頑張れなかったのかと思うレースはしたくなかったし、今回はそう思っていないし……、初めて自分で自分をほめたいと思います」と涙ながらに語った姿は感動を呼んだ。「自分で自分をほめたい」という言葉はフォーク歌手高石ともやが書いた詩の一節を引用したもので、この詩を初めて聞いたとき涙を流して感動し、いつかこの言葉を言いたいと暖めていたもので、その年の流行語大賞に選ばれた。なお、「自分で自分をほめてあげたい」は誤記である。

この年、肖像権の自主管理(それまで日本の陸上選手は、日本陸連が選手から肖像権の預託を受け、陸連が日本オリンピック委員会に一括して委託していた[7])を主張し、自らプロ宣言を行いCMに出演。事実上日本の「プロランナー」第1号となった。有森のプロ宣言や上述のライツの影響もあり、日本オリンピック委員会は選手の肖像権の一括管理を断念した[8]。




有森裕子さんの場合、何かの珍事が起こるような気がする。
これも彼女の他人いない‘資質’が醸し出す作用なのだろう。彼女には他人をどうこうする‘企み’など一切感じられない。

稀に見る優れた感性である。

2008年3月20日に認定特定非営利活動法人スペシャルオリンピックス日本の理事長に就任。
また、母校の日本体育大学で講義(教員・客員教授)を受け持ち、教員になるという若い頃の夢を実現させている。

今後も今の仕事を通じ、‘女桃太郎’となって、世界中に‘活力’を与え続けて欲しい。

今、スペインは、経済危機に陥っている。

あのバルセロナでの声援のお礼に、有森裕子さんと共にスペイン国民に‘元気を出して!’というメッセージを皆で送ろうではないか!

スペイン国の皆さん、元気を出して!

さあ皆さん、ご一緒に・・・、

‘Animo a todos los países de la España!’






























[2012/06/20 11:42] | スポーツ | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
ジーコとザッケローニ
2012年6月3日、ザッケローニ監督は、フィーファ・ブラジル大会最終予選の初戦を見事勝利で飾った!

前々から、以前の‘ジーコ元監督’とこの‘ザッケローニ現監督’とは、‘顔が似ている’と思っていた。

そこで、両監督の画像を‘web’で探してみて比較して見た。

① 真面目な顔


ジーコ
http://www.zakzak.co.jp/sports/soccer/photos/20120604/soc1206041536001-p1.htm
ジーコ元監督

ザッケローニー2
http://sports.media.daum.net/worldsoccer/news/breaking/view.html?cateid=100032&newsid=20120225132924402&p=goalcom
ザッケローニ現監督



② 滅多には見せないが、笑顔

ジーコー2
http://www.sports.ru/tribuna/blogs/vadim1979/76560.html
ジーコ元監督

ザッケローニ
http://www.zakzak.co.jp/sports/soccer/photos/20120604/soc1206041536001-p1.htm
ザッケローニ現監督



③ ガッツポーズ

ジーコー4
http://abauxite.exblog.jp/page/11/
ジーコ元監督

ザッケローニー3
http://thesullivanroom.blogspot.jp/
ザッケローニ現監督


そっくり率を一般人から投票して貰って、普通の人が、その‘そっくり率’を投票で決めて公開すると言うサイトがある。

そっくり率
http://sokkuri.net/vote1/%E3%82%A2%E3%83%AB%E3%83%
99%E3%83%AB%E3%83%88%E3%83%BB%E3%82%B6%E3%83%83%E3%82%B1
%E3%83%AD%E3%83%BC%E3%83%8B/%E3%82%B8%E3%83%BC%E3%82%B3?


それによると、投票総数はがまだ70票程度だから‘統計処理’でどうこう言える数値ではない。
でも、その‘そっくり率’は、65%以上である。

似ているかも? と思う人は、私だけではないらしい。


「アルベルト・ザッケローニ」 と 「ジーコ」

似ている:45票    似ていない:24票

そっくり率:65.22%

われわれ日本人には、‘日本人’と‘韓国人’や‘中国人’の区別は大凡つく。

しかし、アメリカ人やヨーロッパ人からすれば、上記3カ国人の区別はつかないらしい。
アメリカ人に聞いてみると、どの国の人も、国はおろか‘みんな同じ顔’に見えると言うから始末に負えない。

ヨーロッパ人には、良く言われる事だが「秋の虫の鳴き声が‘雑音’にしか聞こえない!」というから、東洋人と西洋人の‘感知機能’には相当の差があるのだろう。

それと同様に、我々は、‘アメリカ人’と‘イギリス人’や‘イタリア人’、それぞれの区別はつかない。

そんな訳もあって、静止画で‘しみじみと’比較して見るとこの両監督は‘そんなに似ていない’と言える。

似てる、似てないの判断をする際の情報として、以上の‘形’の他に‘そのしぐさや考え方’もあるように思う。

どちらも、極めて‘日本贔屓(びいき)’であることから、‘イメージ ’として‘顔まで似ている’とそう思ったのかもしれない。

ただし、‘髪の毛’の状態と‘ガッツポーズ’と‘鋭いまなざし’は、どう見ても‘同一人物のそれ’である。


(つづく)
































[2012/06/08 11:31] | スポーツ | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
魁皇の断髪式
2012年5月27日に 魁皇の断髪式 が行なわれた。

我々福岡県直方市の出身者としては‘感無量の一日’だった。
「直方市」を全国に‘宣伝してくれた’最大の功労者・貢献者である。

だって、「直方市」を「のおがたし」とは普通誰も読んでくれない。「なおがたし」は、近いとしても「ちょくほうし」と読む人もいるくらいだ。「直方体」は「ちょうくほうたい」と読む事を小学校で教わるからだ。

NHKのTV大相撲放映時には、毎回魁皇が土俵に上がる度に、「福岡県・直方市出身・・・」と言ってくれる。

NHKに‘タダで’直方市を‘宣伝させた’のは、魁皇様だけである!

魁皇の
http://kyushu.yomiuri.co.jp/news/national/20120528-OYS1T00184.htm?from=popin

ハサミを入れる元大関魁皇の父、古賀誠二さん(右)(27日午後2時54分、東京・両国国技館で)=江崎宰撮影

魁皇の髷

http://www.rubese.net/twisoq/target.php?tag=sumo&id=206570139762688001

魁皇の髷

魁皇断髪式「胸にじーんと来た」
史上最多の通算1047勝など大相撲で数々の記録を打ち立て、昨年7月に現役引退した元大関魁皇(39)(本名・古賀博之、福岡県直方市出身、友綱部屋)の引退、年寄「浅香山」襲名披露大相撲が27日、東京・両国国技館で行われた。約1万人の相撲ファンらが集まり、“平成の名大関”との別れを惜しんだ。

 大関としては戦後最年長の38歳まで現役を続け、23年間に5度の優勝を飾った。断髪式では同期入門の貴乃花親方(元横綱)や福岡県の小川洋知事ら約340人がはさみを入れた。父、古賀誠二さん(70)に順番が回ると、元大関は口を真一文字にして感極まった表情に。最後に師匠の友綱親方(元関脇魁輝)が大いちょうを切り落とすと、館内は「魁皇コール」に包まれた。古賀さんは「力士の象徴(のマゲ)がなくなり、胸にじーんと来た」と涙をぬぐった。

(2012年5月28日 読売新聞)

http://kyushu.yomiuri.co.jp/news/national/20120528-OYS1T00184.htm?from=popin


魁皇の父古賀誠二さん
http://www.yomiuri.co.jp/e-japan/fukuoka/news/20120528-OYT8T00019.htm
ハンカチで涙をぬぐう浅香山親方の父、古賀誠二さん

魁皇断髪式、恩師ら万感
「長い間、ありがとう」「親方としても頑張って」――。東京・両国国技館で27日に行われた元大関魁皇(浅香山親方)(39)の断髪式には出身地・直方市などから恩師らも駆けつけ、史上最多となる通算1047勝など数々の記録を打ち立てた23年の土俵人生をたたえ、親方としての今後に期待を寄せた。

 直方市からは父親の古賀誠二さん(70)、母親の栄子さん(66)を始め、ゆかりの人々が国技館へ。誠二さんは断髪式前、「力士の象徴がなくなるのは寂しいが、めでたくもある」と複雑な心境を明かした。直方第二中時代に担任を務めた加藤健一さん(50)は「親方として弟子を育てる、次の始まり」とエールを送った。(2012年5月28日 読売新聞)

http://www.yomiuri.co.jp/e-japan/fukuoka/news/20120528-OYT8T00019.htm



魁皇のスーツ姿
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20120527-00000316-sph-spo.view-000

断髪式を終え充子夫人からネクタイを締めてもらう浅香山親方

魁皇直方市古町の・・・
http://blog.goo.ne.jp/yuchan0727/e/caae28b060a6aa62cc443d982f1ae2ec

魁皇の故郷・直方市の繁華街

魁皇量販店広告
http://blog.goo.ne.jp/nonbiri-arukuyama/m/200911

商店街だって、魁皇の応援広告・宣伝をしないところは‘売れない!’

新直方駅・20110429_1442595
http://jrkyushu.jugem.jp/?eid=323

魁皇の故郷・新しくなった直方駅 (2012年4月29日)

魁皇・旧直方駅
http://blogs.yahoo.co.jp/hachiroku_58654/folder/1486960.html?m=lc&p=3

これが旧直方駅

魁皇にぎり
http://blog.goo.ne.jp/natsunosara/e/9d0426ecf4b9262a26f9857d5b980370

直方市には、‘魁皇にぎり’や‘魁皇ランチ’まである!

魁皇の故郷・直方市のチューリップ祭り
http://chocomint2.cocolog-nifty.com/blog/2011/week15/index.html

魁皇の故郷・直方市・遠賀川の河川敷にあるチューリップガーデン

魁皇福知山
http://blog.goo.ne.jp/nonbiri-arukuyama/m/200911

向うの山が、魁皇の故郷の山‘福智山’で~す。魁皇の実家も‘福智山’へ登る道の途中にある。

45年賀-2

私の‘オヤジ’が年賀状(昭和45年)用として撮った福智山の画像

魁皇・福知山山頂
http://kamoshikanagai.blog.so-net.ne.jp/2011-06-16

魁皇の故郷・福智山の山頂

魁皇直方場所ポスター
http://blog.goo.ne.jp/nonbiri-arukuyama/m/200911

直方には、「大相撲 直方場所」だってあるのだ!

そんな訳で、2012年5月27日は、「直方市」に関係のある人にとっては、生涯忘れられない一日となった。

































[2012/05/31 10:02] | スポーツ | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
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